神戸簡易裁判所 昭和37年(ハ)442号 判決 1964年4月28日
原告 種子島幸雄
被告 日新火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 前田秀郎
右訴訟代理人弁護士 伊達利知
同 溝呂木商太郎
同 伊達昭
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
原告は、訴外大新交通株式会社所有にして同会社に雇われている訴外吉岡明巴運転の原告主張の自動車に乗車して、昭和三六年三月一九日午前一一時五〇分頃、神戸市須磨区一の谷町二丁目須磨浦公園先の神明国道を西進中、訴外継谷商店所有にして、同店員宮田清運転の加害自動車が東進して来て、両自動車が衝突したこと、右事故により、吉岡の自動車の乗客であつた原告が、その主張どおりの傷害を受けたことは当事者間に争ない。
≪証拠省略≫を綜合すると、つぎのような事実が認められる。
本件事故現場は、須磨浦公園先の神明国道であつて、同国道は東西に通じ、舗装された巾員一四・七米の車道、その両側に巾員三・二米の歩道があり、現場の見とおしは良く、道路中央に白色のセンターラインが標示してある。同国道は自動車の交通が頻繁であり、事故当時は降雨のあとで舗装が湿潤していた。
加害自動車は右国道を時速約四五粁で東進して事故現場に差しかかつたが、前方を同一方向に先行する貨物自動車を追越そうと企て、無謀にも対向車の有無を確認することもなく、急にハンドルを右に切つてセンターラインを越え、道路の右側部分(対向する西進車の通路)に三米もはみ出したところ、対向して来た第一被害自動車を認めると同時に衝突の危険を感じ、狼狽して急拠左にハンドルを切るとともに、急ブレーキを踏んだが、センターラインを約三米余も越えた地点で、自車の右前部を第一被害自動車の右横ボデイに接触させ、なおも進行した。
おりから吉岡の自動車は第一被害自動車の三〇米後方に続いて、時速約四〇粁で西進していたところ、対向車が列をなして東進して来るのを認めたが、自車の約五〇米前方で、対向車の列の中ほどの(貨物自動車)が、突如センターラインを越えて進んで来たので、「危い運転をする奴だ。」と思つて(それは加害自動車と先行する第一被害自動車とが衝突して、その余波が及ぶ危険を感じたためである。)急停車の措置をとつた、と思う間もなく、加害自動車が前方を先行していた第一被害自動車に右のとおり接触した。
加害自動車は第一被害自動車に接触後、左にハンドルを切つたので、暫時車体を左に振つたが、雨後の路上で急制動を掛けたため、スリツプを起し、反動によりハンドルと逆に車体を右に振り、そのままスリツプして相当な速力で進行し、第一被害自動車との接触地点より約三二米余東方の、センターラインより三米近く越えた地点で、停車寸前の吉岡の自動車の前部に、加害自動車の右前部を激突して来たのである。これが本件事故の概要であり、叙上認定を左右するに足る証拠はない。
右事故に際し、吉岡運転者のとつた措置は、「危い運転をする奴だ。」と思つて急停車の措置をとつたことである。
凡そ自動車運転者は、対向して来る自動車と先行する自動車とが前記のような距離内で接触衝突の危険を感じたなら、衝突の結果、両自動車はどのような方向に進むか予測し難いのであるから、後続車はハンドル操作により変針を試みるよりも、被害圏内に入らぬように、まず停車措置をとるのが、最も安全度の高い退避措置と云わねばならない。
本件において、吉岡運転者が停車措置をとつても、時速四〇粁で西進していた自動車が直ちに停車するものではなく、停止距離がかかるので、衝突時に吉岡の自動車が停車していたかどうかは判然としない。しかし、吉岡の自動車は加害自動車を発見する迄は第一被害自動車の三〇米後方を続いて西進していたものであること、四五粁で東進して来た加害自動車と第一被害自動車との接触地点より三二米余東方で加害自動車と吉岡の自動車とが衝突していること、衝突後吉岡の自動車は左後方(東)に後退して停車していたのに、加害自動車は吉岡の自動車を越え更に東方に前進して停車していたことが前掲証拠により認められる点に鑑み、吉岡の自動車は衝突時において、停止に至つておらなかつたかも知れぬが、少くとも停止寸前にあつたことは充分窺われるから、このような状態になるためには、吉岡運転者は加害自動車発見後直ちに急停車措置をとつていたものと認められる。
この措置は適切妥当なものと判断されるのである。
更に原告は、加害自動車が第一被害自動車と接触後三二米余進む間において左に避難しなかつた過失を主張している。
しかし、接触の結果による針路は予測することが至難であり、本件においては加害自動車は車体を左(向つて右)に振り、その後右に振つてスリツプしながら相当の速度で進行して来たことは右のとおりであり、このような加害自動車の進行を吉岡運転者が認めたのは、急停車措置をとり(この措置が適切なことは右のとおり)、制動効果が顕著になつて来た過程においてであることが前記事実より推認され、すでに停止直前の自動車を直ちに左に変針するとともに加速して、車体を左斜め前方に運び、進行して来る加害自動車を避けるという緊急措置は、通常の運転の限界を超え、吉岡運転者に対し不能を強いるものと云うほかはない(自動車は、ハンドル操作に連動する前車輪の動きにより変針するが、速力を伴わない限り加害自動車の針路より離脱することは困難であり、もし前車輪のみ左針しても速力がつかず、後車輪がこれに追従しない間、即ち車体が道路に斜の状態になつている時、加害自動車が来ると横から衝突されより以上の事故になる危険があり、このような危険を避け、加害自動車の針路より離脱することは至難の業であろう)。
したがつて、吉岡運転者が、加害自動車発見後も、第一被害自動車と接触を認めた後も、自車を左に運ばず、直進のまま停車措置をとつたこと及び第一被害自動車と接触後の加害自動車の針路を予測しなかつたことをもつて、同人に過失があつたものとは到底認められない。
なお原告は、第一被害自動車は接触のみで大きな被害が無かつたのに、吉岡の自動車が大きな衝突事故を起したのは、吉岡運転者の過失である旨主張しているが、右乙第四、五号証、第八号証証人宮田清の証言によると、第一被害自動車はセンターラインの内側約三米寄りを直進していたところ、約一〇米針右前方より突如加害自動車がセンターラインを越えて進んで来て、すれ違うように接触したがために軽微の事故で済んだことが認められ、吉岡の衝突事故とは状況が異つているので、吉岡運転者の過失を判断するについて適切なものではない。
以上認定したところによると、吉岡運転者は自動車の運行に関し注意を怠らなかつたものと云うべく、本件事故は加害自動車の運転者宮田の運転上の明白な過失により発生したものであり、吉岡の自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことは当事者間に争がないから、自動車損害賠償保障法第三条ただし書の免責事由が証明されたものと認めるべきである。
よつて、原告の本訴請求を理由のないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。